Q.奈良の墨が国内シェア9割ってほんと?
2026-06-23 公開
答え
ほんとうです。奈良市の公式サイトによれば、奈良墨(固形墨)の全国シェアは約90%。日本でつくられる固形墨のほぼすべてが奈良産です(旅行・工芸メディアでは約95%とする参考値も流通)。空海が唐から製法を伝え、興福寺の二諦坊でつくられたのが始まりとの伝承をもち、2018年(平成30年)11月7日に国の伝統的工芸品に指定されました。ただし生産者は大きく減り、全工程を担える事業者は現在約8軒にまで減っています。
シェアは約90%。市の公式サイトが明記
奈良墨の全国シェアは約90%。これは奈良市(産業政策課)の公式サイトが明記している数字です(固形墨ベース、確認時点2026年)。つまり日本でつくられる固形墨のほとんどが奈良産ということになります。旅行・工芸系メディアでは「約95%が奈良産」とする記述も見られますが、これは公的統計ではない参考値です。ここでは市の公式記載に沿って約90%を基本に据えつつ、保守的に「9割前後」と理解しておくのが安全です。
約90%奈良墨の全国シェア(奈良市公式・固形墨)
約95%メディアの参考値(公的統計ではない)
始まりは空海と興福寺二諦坊(伝承)
伝承では、大同元年(806年)に遣唐使として唐へ渡った空海が、筆とともに墨の製法を持ち帰り、興福寺の二諦坊でつくったのが奈良墨の始まりとされます。同坊の油煙墨が良質な「奈良墨」として評判を得たと伝わります。京都遷都の後も奈良には多くの寺社が残り、写経に欠かせない墨づくりが奈良の地に根づいて受け継がれた――これが奈良が墨の一大産地になった背景とされています。
806年伝承上の起源(空海が製法を伝える)
興福寺二諦坊最初につくられたとされる場所
2018年に国の伝統的工芸品へ。県内3番目
奈良墨は2018年(平成30年)11月7日、経済産業大臣により「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づく国の伝統的工芸品に指定されました。奈良県内では高山茶筌(昭和50年)、奈良筆(昭和52年)に次ぐ3番目の国指定です。墨という品目だけで見ると、三重県の鈴鹿墨に次いで全国2番目の指定にあたります。製造は煤・膠・香料を練り合わせて行い、毎年10月中旬から翌年4月末までの寒い時期に造られます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 国指定の日 | 2018年(平成30年)11月7日 |
| 県内の順位 | 高山茶筌・奈良筆に次ぐ3番目 |
| 墨としての順位 | 三重・鈴鹿墨に次ぐ全国2番目 |
| 製造時期 | 毎年10月中旬〜翌4月末 |
シェアは高いが、つくり手は激減
シェアが約90%でも、それを支えるつくり手は大きく減っています。墨屋の数は浮き沈みを経てきました。江戸期には最盛期で約54軒、幕末に11軒へ激減し、明治期に書道が小学校の必修となって約37軒まで回復。しかしその後は墨需要の縮小もあって再び減り続け、現在は全工程を担える製墨業者が約8軒・職人約10人規模にまで減っています。奈良製墨組合の組合員は令和4年(2022年)時点で9社です。生産量も最盛期から大きく落ち込んでおり、高いシェアは、いわば「大きく縮小した国内市場のほぼ全部」を担う構図でもあります。
約8軒全工程を担える事業者(現在)
9社奈良製墨組合の組合員(2022年時点)
約54軒→約8軒墨屋の数(江戸期の最盛期→現在)
- 江戸期 最盛期54墨屋の軒数(推移)
- 幕末11墨屋の軒数(推移)
- 明治期37墨屋の軒数(推移)
- 現在(全工程)8墨屋の軒数(推移)