Q.茶せんの9割が奈良製ってほんと?
2026-06-23 公開
答え
ほぼ本当です。茶道で使う茶筌(ちゃせん)は、奈良県生駒市の高山が国内で事実上唯一の産地で、国産茶筌の生産シェアは9割以上を占めます。ただし市場には安価な中国製などの輸入品も多く流通しており、国内で使われる本数で見ると輸入品が約7割を占めるとされます。起源は約500年前の室町時代中期で、1975年(昭和50年)5月10日に国の伝統的工芸品に指定されました。
生駒市高山が「全国で唯一」の産地
茶道の茶筌は、奈良県生駒市の高山町が全国で唯一の産地とされ、国産茶筌の生産シェアは9割以上(90%超)を占めます。高山ではほぼ手作業で年間およそ30万本を生産しているとされ(概数)、なかでも薄茶用の「数穂」「80本立」が最も多く作られています。ただし「国内市場のシェア」とは別物である点に注意。国内で消費される茶筌は年間およそ100万本とされ、うち約7割は安価な中国製などの輸入品で、高山産(国産)は約3割という推計もあります。『9割』はあくまで“国内で生産される”茶筌に占める高山産の割合です。
始まりは室町時代、村田珠光の依頼から
高山茶筌の起源は室町時代中期、約500年前にさかのぼります。高山城主の次男・鷹山宗砌(高山宗砌)が、わび茶の祖・村田珠光の依頼を受けて作ったのが始まりと伝えられています。その制作技法は一子相伝の秘伝として「16名の家臣」に伝えられたとされ、長く門外不出の技術として受け継がれてきました。
1975年に国の伝統的工芸品へ
高山茶筌は1975年(昭和50年)5月10日に、旧通商産業省(現・経済産業省)から国の伝統的工芸品に指定されました。伝統的工芸品公式データベース(kougeihin.jp)にも同日の指定が記録されています。約500年の歴史をもつ手仕事が、国の制度のうえでも産地ぐるみの伝統技術として位置づけられた節目です。
職人は減少傾向、ピーク時の半分以下に
茶筌業者の数は、茶道が盛んだった昭和50年前後に約45軒まで増えました(ピーク)。その後、茶道人口の減少にともなって減り続け、現在は約19軒(組合所属の製造業者では18軒・2006年以降の基準)にまで減っています。全国唯一の産地で9割超のシェアを支えているのは、こうした少数の作り手たちです。
- ピーク時(昭和50年前後)45軒
- 現在(約19軒)19軒