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Q.平城宮跡を電車が横切ってるのはなぜ?

2026-06-19 公開

答え

近鉄奈良線の前身・大阪電気軌道が1914年(大正3年)に開業した当時、平城宮跡はまだ全域が史跡指定されておらず、一帯は田畑でした。線路を敷いた後の発掘調査で宮跡が想定より広大だと判明し、結果的に世界遺産(1998年登録)の中を電車が横切る形に。県・市・近鉄は2021年に約4.4kmの移設計画書を国へ提出しましたが、2023年に知事が「大和西大寺駅の高架化のみ」へ見直す方針を表明しました。

敷設は1914年、史跡指定より前だった

近鉄奈良線の前身・大阪電気軌道は、大阪上本町〜奈良間 約30.6kmを1914年(大正3年)4月に開業しました。この路線が現在の平城宮跡を横切っています。当時、宮跡一帯は田畑が広がり、全域が保護対象とは認識されていませんでした。線路は当時保存の対象と考えられていた朝集殿院周辺を避けてカーブで敷設されましたが、後の発掘調査で宮跡が想定よりはるかに広大だと判明。結果的に線路が遺跡を分断する形になりました。

1914年大阪電気軌道 開業(大正3年)

約30.6km上本町〜奈良 開業区間

史跡指定・世界遺産化は線路の「後」

平城宮跡が史蹟に指定されたのは1922年(大正11年)で、線路敷設の8年後です。その後1952年(昭和27年)3月29日に一部が特別史跡に指定され、文化庁は約109haを国有化。1998年(平成10年)には「古都奈良の文化財」の一部としてユネスコ世界遺産に登録され、2008年(平成20年)に国営公園としての整備が閣議決定されました。保護の枠組みは、すべて電車が走り始めた後に段階的に整っていったのです。

できごと
1914年大阪電気軌道が開業(線路が宮跡を横切る)
1922年平城宮跡が史蹟に指定
1952年一部が特別史跡に指定(約109haを国有化)
1998年「古都奈良の文化財」として世界遺産登録
2008年国営公園としての整備を閣議決定

移設計画——2021年の構想と総事業費

奈良県・奈良市・近鉄の3者は、宮跡を横切る区間の南側移設で合意し、2021年3月25日に国へ事業計画書を提出しました。対象は大和西大寺駅〜近鉄奈良駅の約4.4km区間。大和西大寺駅周辺を高架化、宮跡西側を高架、南側から近鉄奈良駅までを地下化し、朱雀門の南を走る大宮通りへ線路を移す構想で、(仮称)朱雀大路駅など3駅の新設も検討されました。主目的は踏切解消で、解消対象は8カ所(うち平城宮内に2カ所)。総事業費は約2,000億円(連続立体交差化事業費 約1,260億円、近鉄負担 約100億円)で、2041年度着工・2060年度完成を見込んでいました。

約4.4km移設対象区間(大和西大寺〜近鉄奈良)

8カ所解消対象の踏切(うち宮内2カ所)

約2,000億円総事業費

2060年度当初の完成見込み

2023年、計画は「高架化のみ」へ見直し

2023年(令和5年)6月、新任の奈良県・山下真知事が移設計画の見直しを表明しました。新案は「大和西大寺駅を含めた高架化のみ」で、平城宮跡歴史公園からの線路移設は必要ないとする近鉄の見解に沿う内容。県は2023年度、協議経費を除く3,180万円の執行を停止しました。踏切は西側4カ所・東側3カ所に整理され、知事は東側について「人口が減るので将来的に踏切の状態は解消されるのではないか」と述べ、費用対効果の面から再検討が必要としています。約2,000億円規模の構想は、いったん仕切り直しの局面に入りました。

2023年6月知事が計画見直しを表明

3,180万円2023年度の執行停止額

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出典・参考