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Q.奈良は古都ってほんと?都があったのはいつ?

2026-06-19 公開

答え

ほんとです。7〜8世紀のあいだ、日本の都はほぼ現在の奈良県内にありました。飛鳥の宮々 → 藤原京(694〜710年)→ 平城京(710〜784年)と移り、平城京の時代が「奈良時代」です。奈良市は法律(古都保存法)でも正式に「古都」と定められています。

「古都」は気分じゃなく、法律のことば

「古都」は感覚的な呼び名ではなく、法律で定義された言葉です。1966年(昭和41年)の古都保存法は、京都市・奈良市・鎌倉市を「古都」として直接指定し、同年の政令で奈良県内の天理市・橿原市・桜井市・斑鳩町・明日香村を追加しました。つまり奈良県内では6つの市町村が、法律上の「古都」です。奈良が古都というのは、れっきとした制度上の事実なのです。

6市町村古都保存法で「古都」とされる奈良県内の市町村

1966年古都保存法の公布・施行

3市法律で直接指定(京都・奈良・鎌倉)

都が奈良にあった、およそ200年

都の場所をたどると、6世紀末から歴代天皇が明日香村一帯の「飛鳥の宮々」に宮を置き、694年に持統天皇が日本初の本格的都城・藤原京(橿原市)へ。そして710年、元明天皇が平城京(奈良市西部〜大和郡山市北部)へ遷り、784年に長岡京へ移るまで都であり続けました。平城京の74年間が、いわゆる「奈良時代」です。

宮都都だった期間場所(現在)
飛鳥の宮々6世紀末〜694年明日香村
藤原京694〜710年(16年)橿原市
平城京710〜784年(74年)奈良市・大和郡山市

5年だけ、都が奈良を離れた

例外もあります。聖武天皇は740年、平城京を離れて恭仁京(京都府)へ遷り、紫香楽宮(滋賀県)・難波京(大阪府)を転々としました。この混乱は「彷徨五年(ほうこうごねん)」と呼ばれ、745年に平城京へ戻ります。8世紀に都が奈良県外にあったのは、ほぼこの5年間だけ。裏を返せば、それ以外の時期はずっと奈良に都があった、ということです。

740〜745年都が奈良を離れた「彷徨五年」

3か所転々とした都(恭仁・紫香楽・難波)

745年平城京への還都

だから奈良は「日本が国になった都」

飛鳥・藤原で律令国家「日本」の骨格がつくられ、平城京の奈良時代に花開きました。その舞台は今も遺跡として残り、平城宮跡は世界遺産「古都奈良の文化財」、飛鳥・藤原の宮都は2026年の世界遺産登録が見込まれています。「奈良=古都」は、千年以上前に日本の都だった記憶が、法律にも世界遺産にも刻まれているということ。下記のデータや関連記事から、その舞台をたどってみてください。

2件宮都ゆかりの世界遺産(古都奈良・飛鳥藤原見込み)

8世紀平城京=奈良時代の世紀

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出典・参考