Q.世界遺産になった町は、その後どうなった?——先行事例の数字から、中南和の“その先”を考える
2026-06-16 公開
答え
世界遺産登録は、来訪者の「持続的な底上げ」を約束するものではありません。石見銀山は登録翌年に81万人へ急増した後、2023年には25万人(ピーク比約3割)まで減少。富岡製糸場も2014年度の約134万人をピークに、近年は37万人前後へ落ち込みました。一方で富士山のように元から著名な遺産は、登録で急増していません。データが示すのは「登録=瞬間最大風速」になりやすいこと、そしてその後を分けるのは受け皿と回遊の設計だということです。
「世界遺産になれば、ずっと賑わう」のか
飛鳥・藤原の宮都が世界遺産に登録される見込みとなり、中南和への注目が高まっています。では、過去に登録された地域はその後どうなったのか。「登録=恒久的な観光振興」というイメージは、データで見るとそう単純ではありません。ここでは数字が確認できる先行事例をたどり、中南和の“その先”を考えます。
石見銀山——登録翌年に81万人、その後25万人へ
島根県大田市の石見銀山は2007年7月に世界遺産登録。来訪者数は登録前年(2006年)の約40万人から急増し、翌2008年に81万人のピークを記録しました。しかしその後は減少が続き、文化庁の文化観光推進地域計画によれば2023年(令和5年)の入込客数は25万人——ピーク比で30.3%にとどまります。計画自体が、持続的に適切とされる「年間40万人」との乖離を課題として明記しています。登録直後のオーバーツーリズムと、その後の急速な沈静化を映す典型例です。
81万人石見銀山のピーク来訪者(2008年)
25万人2023年の入込客数
30.3%ピーク比(2023年)
富岡製糸場——134万人から、3割以下へ
群馬県の富岡製糸場も同じ弧を描きました。2014年の登録に沸き、2014年度の入場者数は約134万人(1,337,720人)でピーク。しかし3年後には半減し、コロナ禍の2020年度には18万人弱まで落ち込みます。2023年度は36.7万人で、ピークの約28%。報道では「世界遺産登録10年、入場者は低調」と総括されました。単一施設=「点」の遺産は、登録の話題が一巡すると数年で大きく減りやすいことがわかります。
約134万人富岡製糸場のピーク入場者(2014年度)
36.7万人2023年度の入場者
約28%ピーク比(2023年度)
富士山——「登録で急増」はしていない
すべてが「山」を描くわけではありません。富士山は2013年に世界文化遺産へ登録されましたが、環境省の登山者数調査によれば、登山者は2008年以降おおむね年間30万人前後で推移しており、登録によって急増したわけではありません。元から世界的に知られた存在では、登録効果は「数の急増」ではなく、保全・管理の強化という形で現れました。登録の効果は、遺産の性格によって大きく異なります。
約30万人富士山の登山者数(登録前後ほぼ横ばい)
2013年富士山の世界文化遺産登録
「点」と「面」の違い——百舌鳥・古市の注記
より新しい例として2019年登録の百舌鳥・古市古墳群(大阪府堺市ほか)がありますが、翌2020年からのコロナ禍と時期が重なり、登録単独の長期効果を数字で取り出すのは困難です。ここでは無理に評価しません。確認できる範囲で言えるのは、登録直後にピークを打って減衰する「点(単一施設)」型と、もとから著名で数が動きにくい型があり、その分岐に受け皿と回遊が効いている、ということです。
中南和への示唆——「通過」を「滞在」に変えられるか
飛鳥・藤原の宮都は、単一の建物ではなく複数自治体にまたがる「宮都の景観」という面の遺産であり、歩いて巡る周遊型の観光地でもあります(→姉妹記事)。石見銀山や富岡で起きた「登録直後ピーク→急減」をそのままなぞる必然はありません。ただしデータ上は、登録だけで持続的な底上げが保証されるわけでもない。続いた地域と萎んだ地域を分けたのは、滞在につながる宿泊などの受け皿、点を線・面でつなぐ回遊性、そしてオーバーツーリズム後の地元との調和だと読めます。中南和は受け皿がこれからのエリアだけに、登録の話題を「通過」で終わらせず「滞在」に変える設計が、データ上の分かれ目になりそうです。